大口水産の歴史

(1)創業のあゆみ



  • 昭和15年 創業者・荒井知行が近江町で鮮魚・冷凍鯨の販売商店を始める
  • 昭和19年 金沢水産物大口配給有限会社設立

 
大口水産株式会社の創業者・荒井知行は、明治41年11月、医王山のふもと金沢市湯谷原町(当時河北郡浅川村湯谷原)の農家に生まれました。5人兄弟の次男だった荒井は、14歳で金沢の魚屋に奉公に出ます。その後大阪での修業を経て昭和15年に独立、近江町市場の塩干物問屋の一角を借りて自らの商店を構えました。

近江町市場も急速に統制経済の色合いが濃くなっていた時代です。当時、鮮魚の配給ルートは一般大衆魚、業務用、大口用に分かれていましたが、荒井は昭和19年6月に設立された金沢水産物大口配給有限会社の常務取締役に就任し、戦時下の水産物配給に奔走しました。この会社が現在の大口水産のルーツとなります。
 

(2)戦後の再出発



  • 昭和25年 大口水産有限会社に社名を変更
  • 昭和36年 大口水産有限会社を株式会社に改組

 
戦災こそ免れたものの、戦後の近江町市場は荒廃していました。当社も混沌とした中で再スタートを切ります。

従来、金沢の鮮魚店の販売方法は買い物客の表情を見ながらの叩き売りが主流でした。これに対して当社が始めたのが「皿盛り」の正札販売です。消費者の立場に立ったこの商法は、近江町市場に一大旋風を巻き起こしました。扱う魚種もサバ、イワシ、イカ、カレイなど一貫して大衆魚にこだわり、これらを大量に仕入れてできるだけ安価で販売しました。また社名の通り、病院や学校、工場など大口のお得意さんの開拓も進めます。その結果、経済の復興とともに当社の業績は順調に伸びました。
 

(3)近代化への道



  • 昭和43年 中央市場卸部を解説
  • 昭和53年 現本社社屋を新築
  • 昭和55年 荒井知行、勲六等瑞宝章を受賞
  • 昭和58年 中央市場卸部新社屋、中央集配センター完成

 
流通の近代化やモータリゼーション化の波は、昭和30年代中頃から次第に近江町市場にも影響を及ぼすようになっていました。当社も近江町市場で商いをする企業の一員として、アーケードの設置、駐車場の建設、共同冷蔵庫の確保など、市場の近代化と環境整備に尽力します。

昭和41年の中央卸売市場の設置と前後して、企業としての新しい体制づくりも始まります。昭和58年には中央市場の場外に中央集配センターを設置。ここを拠点として、コンピュータを導入した受発注システムと合理的な輸送システムを駆使し、金沢とその近郊、さらに県外へと顧客を開拓していきました。
 

(4)金沢の食文化を次代へ



昭和から平成へと時代は移り、人々のライフスタイルや食生活は大きく変化しました。食の安全性に対する意識も高まっています。当社では、新鮮で安心安全な魚介類を安価に提供するという創業時からの変わらぬ信念を胸に、多様化するお客様のニーズに柔軟にお応えしています。

活気あふれる近江町市場は、石川・金沢の豊かな食文化のシンボルです。近江町市場に生まれ育った企業として、当社はその歴史と伝統を次代へ伝えることにも力を注いでいきたいと考えています。



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